『and then(仮)』君が望む永遠SS1-8

ピリリリリ……ピリリリリ………


「ん?オレの携帯か…」
孝之さんの携帯の音が、静寂を破った。
「うわっ…『すかいてんぷる』からだ…嫌な予感がするな……」
孝之さんは私のほうを見て、『ごめん』と口を動かした後電話を取った。
「はい、鳴海…」
『くぉらなにしとるんじゃぼけ〜』
電話からこれだけ離れてても聞こえてくるこの声は間違いない
『いつまでも乳くりあっとらんでとっととこいや糞虫〜』
「何……?あれ…………」
呆気にとられている千鶴に答える。
「孝之さんのバイト先にいる人。ちょっと変わってて……」
実際は『ちょっと』どころではない。初めてすかいてんぷるに行く前、
孝之さんにどんな人があそこにいるのかは聞いていたけど、
てっきり面白おかしく言ってるんだと思ってた。
だけどそうじゃなくてもっととんでもない……だけど実際に遭わないと
アレは伝えようがないし伝わらない……そんな生物がいるのだあそこには……
「うるせぇ!大体今日オレは2時過ぎに出社するって言っといたろうが!?」
電話の向こう相手に怒鳴りあっていた孝之さんの声のトーンが急に落ちた。
「あ、店長…え?玉野さんが風邪?ええ…ああ、はい。でも……」
どうやらバイト先で何かあったらしい。
それで孝之さんに早めに出てきてもらえないか連絡してきたんだろう。
「孝之さん、行って来て下さい」
「え?だけど……」
「バイト先…大変なんじゃないんですか?」
「それは……」
「私達には明日も明後日もありますから」
「……ありがとう、茜」
「店長?これから行きます。1時はまわってしまうと思いますが構いませんか?
はい……はい。失礼します」
孝之さんは携帯をしまって軽くため息を付いた後こちらに向き直って言った。
「茜、榊さん、ごめん。バイト先で欠員が出てそれで暴れてる野獣が一匹いるらしくて……」
「気にしないで下さい」
「『暴れてる』って……」
横で唖然とした様子で千鶴が呟く。
「ああ、茜。このお弁当貰っていっていいかな?残りはあっちで食べるから」
「え?はい、どうぞ」
「本当にごめん慌しいことになっちゃって。今度2人でお店に来て、ご馳走するから。それじゃ」
「行ってらっしゃい」
「行ってくる。ああそうだ、茜?」
「はい、なんですか?」
駆け出そうとしていた孝之さんが振り返って私のほうに顔を寄せた。
………?
耳を寄せると……頬にキスされた……千鶴の目の前で…………
「孝之さん!!!」
「さっきつねられたお返し」
「もぅ………」
笑っていた孝之さんは真面目な顔になって、そして微笑んで言った。
「話しても……いいと思うよ。大切な……友達なんだろ?」
「え?……あ…」
「それだけ、んじゃ」
そういうと孝之さんは丘を下りていった。
……分かってくれてたんだ……それがとても、たまらなく嬉しかった。