“例えばこんなクリスマス”(BitterVer)『君が望む永遠』涼宮茜SS 番外編


「………もう!」
抱えていた枕をベッドに投げ、そのまま倒れ込む。
目の前の携帯のディスプレイには書きかけのメールが写ったまま。


“クリスマス、会いたい_”


―――クリスマスは家族で過ごす。そう言い出したのは私だった。
孝之さんはほんの少し表情を曇らせたけど、
何度も話し合い、結局そうしようという話になり、
孝之さんは当日お仕事を入れることになった。


でも、今日の夜―――――



「茜、遙。ふたりとも明日はどうするんだね?」
「私は――」
「私は約束が入ってるの」


「ほう」
「実は水月から誘われてて、だから――ごめんなさい」
「遙ももう大人なんだし構わないよ。楽しんで来なさい」
「ありがとう、お父さん」


「茜はどうするんだね?」
「私は――わからないけど……家にいると思う」
「え?」
「彼とは予定を入れていないのかい?」
「あ……うん、クリスマスはお仕事だし―――」
「………」
「ごちそうさま。私部屋に戻ってるね?」


箸を置き、リビングを出る。
階段を上がり、部屋に入ろうとしたそのとき―――


「茜、ちょっと待って」
「姉さん?」
パタパタと階段を上がってきた姉さんに呼び止められた。


「―――ごめんね。ありがとう、茜……」
「………え?」


それだけを言うと、姉さんは自分の部屋に入っていった。



―――姉さんは気づいてた。
私が家にいることを選んだ理由。
でも、姉さんもそれだけじゃないだろうけど、やっぱり私に気を遣っていて―――
結局、こんな事になってしまった。


誰も、悪くなんてない。
それはわかってる、わかってるけど―――何か、すっきりしなかった。


孝之さんに電話をしたい。会いたい―――
きっと、電話をすれば孝之さんは来てくれる。
仕事を休んででも、抜けてでも来てくれる―――
でも、どうしてもそれが出来ず、以来ずっとこんな感じだ。



―――プルルルル、プルルルルル………


携帯が鳴る。
ディスプレイを見ると、孝之さんからのメールだった。



件名:起きてるかな
本文:外、見てくれる?


「………外?」
カーテンを開け、ベランダへ。
―――外には、寒そうに身を震わせている孝之さんがいた。
慌てて部屋に戻り、上着を羽織って外に出た。


「こんばんは、茜」
「ど、どうしたんですか?こんな時間に」
「どうした、って……明日、ていうか今日か。クリスマスイブだろ?
せめて最初に会って、プレゼント渡そうかと思って」
「―――え?」


「はい、メリークリスマス」
恥ずかしそうに微笑いながら、プレゼントを手渡してくれた。


「あ、ありがとうございます。ちょ、ちょっと待って下さい。
わた、私もあるんです、プレゼント―――」
大急ぎで部屋に戻り、ラッピングしておいたプレゼントを持って走る。


「あの―――どうぞ。うまくないかもしれないけど……」
「開けてみて良い?」
「はい、どうぞ。あ、私も開けますね?」


ふたり同時に開ける。
孝之さんからのプレゼントの中身は可愛いネックレスだった。


一方、私が送ったのは――――


「マフラーだ。茜が編んでくれたの?」
「あ、はい……あの、うまく出来なくて―――」
「そんなことないよ、暖かい。ありがとう茜」
「私も――ありがとうございます」


「明日――だけどさ」
「………」


「仕事終わってからだから遅くなるかもしれない。
ひょっとしたら、日付が変わっちゃうかもしれない。
でも―――会いたいんだ。ここに来ちゃ……駄目かな?」
「孝之さん―――」


孝之さんの気持ちが嬉しくて、泣きそうになる。
「あ、あの……実は―――」
「………ん?」



「―――そっか、遙と水月が……」
「………はい」
「じゃぁ、オレ―――」
「ううん、仕事は休まないで下さい」
「―――え?」
「孝之さんが休んだら――お店、大変じゃないんですか?」
「それは――――」
「大丈夫、良いこと考えたから」
「良いこと?」
「―――秘密です。それじゃ、また明日」
孝之さんにキスして、後ろ姿を見送った。




そして―――




「うー……寒、にしても何だったんだろうな……昨日の茜」
貰ったばかりのマフラーを手に取り、にやける顔を押さえロッカーに仕舞い制服に着替える。
店に出るといつものコンビが店長が居る部屋の前で何かを話していた。


「なにやってんだ?」
「アンタには関係ないさ」
コイツは………
「あのですね〜。なにやら新人さんがいらっしゃるという噂を聞きつけやして、
こうしてホシを見張ってるわけです〜」


「こんな時期に新人?珍しいな…」
思わず二人に合流してしまいそうになり我に返る。
「……と。新人なら後で紹介があるだろ。ほら仕事行くぞ」
「合点です!」
「かったるいわね〜」


「あ、丁度良かった、鳴海君」
立ち去ろうとした瞬間、扉を開けて店長が出てきた。


「これから新人の方を紹介しますので、皆さんを集めていただけますか?」
「あ、はい………」
………何かどことなく店長疲れてるような―――――まぁ、いいか。



「え−、本日はクリスマスイブと言うことでお店も混雑すると思われます。
と言うわけで、本日のみですがヘルプとして入っていただく方をご紹介したいと思います」



ドアを開け、入ってきた女性――――



「―――な、な、な」
「………まことかっ!?」
「……………へ?」



そこにいたのは―――すかいてんぷるの制服に身を包み、首には贈ったばかりのネックレスをつけた茜―――



「初めまして、涼宮と言います。今日一日ですがお世話になります。
よろしくお願いしますね?――――鳴海先輩?」


「涼宮さんのたってのご希望で、教育係は鳴海君に―――」


「い、異議あり!」
吼えたのは大空寺。


「新人の教育は私とまゆまゆが―――」
「却下です」
と、茜。


「あ、あんですと〜」
「私は、この方に教わるんだから!」
と、ギュッとこちらにしがみついてくる。


「え、えと……どうして?」
「一緒にいたかったんです。クリスマスだから」


「うがあああああああ!!」
再び大空寺が吼える。


「乳繰り合うならよそでやれや、この糞虫ども〜!!」
「……あなたとは一回決着つけないといけませんね、大空寺さん?」
「望むところじゃ、吠え面かくな!!」


にらみ合う二人
「ちょ、ちょっとふたりとも……」


ここでケンカされると、どう転んでも結局はオレに――――



「それでは鳴海君、後はよろしくお願いします」
「え?ちょ、ちょっと店長〜!?」



そして、すかいてんぷるの歴史に長く刻まれる一夜が幕を開ける―――
全てが終わったその後、ひとりの男の給料が聖夜の星に消えていくことになるのだが………
それはまた、別の話――――